2010年3月17日

command+Aの恐怖

これはマウスドライバを入れ替えて試そうとした時に起きてしまった事件です。

どうしてもレーザーマウスで解決できなかった誤動作問題。
そして純正でさっぱり動作しなかったMagic Mouse。
その二重苦を解決するべく入れたマジックドライバは全てを解決してくれていました。
しかしそこはそれ、今まで気付いていなかった別のドライバの存在を知り使い勝手を試そうとぶち込んだ内田。
いやきっとそのドライバは悪くないのです。
しかし今までのマウスで出ていた誤動作と同じ現象が起きてしまいました。
もちろん他のドライバは外してあるんだよあるんだよー。

で。
私が今までネットからダウンロードしてきたもののうち、未整理のものが入っているフォルダがあります。
何年も使っているフォルダであり、未整理にもほどがあるほど中身が詰まったフォルダです。
それで起きてしまった誤動作とは、

魔法のように勝手に入ってしまうcommand+A
そののちclick←ココ狭い意味で自己責任

…をやらかしてしまった私の顔面には半端ない斜線がアニメーションのように流れ落ちていたことでありましょう。
静かにオープンし続けるウィンドウ、しかし私の心の中は喰らうものを喰らってノイズまみれ。
ファインダのウィンドウが開くだけならまだしもdmgとかzipファイルが項目数の半分近く占めているわけです。
項目数はちなみに566項目。
目の前のモニタに見事なパフォーマンスがさながら花火のように展開されてゆくさまは圧巻です。

って見てる場合じゃないだろう。
間に合う限りCancelだ、って間に合うわけないだろう。
強制終了なんてあなた、そんな窓開ける余裕はありゃしません。
Photoshopも起動しました。
インストーラの花が咲きます。

副作用がありませんようにごめんよあいまっくさんと泣きながら祈りながらお背中側のボタンをぐいっと長押し。
再び起動した画面には、ファインダウィンドウがここぞとばかりと全開してくれましたが、それはさっき開きっぱなしになったわけだからな、そりゃ開くわな。
そのウィンドウを無事に全部閉じた内田がすっかり懲りていたのはいうまでもありません。
ドライバ戻して何事もなかったようにこんなこと書いていられて幸せ実感。

こんな目に会ったのはMac生活ン十年の中で初めてなんですけど。
二度と手が滑らない自分になりたいなっと。

東京都青少年育成条例改正案

先日から多くの作家さんたちが反対の意思表明をされ、尽力されています。
私も「東京都青少年育成条例の改正案/疑義・反対 作家リスト」に加えていただきました(手違いがなければ)
事態を読み間違えていなければ言わずもがな。

表現者として作家さんたちが意思表明していく姿に、私はむしろ明るいものを見ています。
成り行きは明るい未来ではなく暗く重い時代をもたらすかもしれません。
しかし時代を乗り越えるためにあるべき姿として大事な過程であることだけは間違いないと思うのです。

2010年3月5日

幼い記憶の見るマンガ

幼い頃、貸本屋をしていたという叔母の家に行くと廃業した後もそのまま漫画本が並んでいました。
その家に行く度読み漁っていたのですが、今思えば凄まじいラインナップでした。
山川惣治氏の「少年ケニヤ」やら少女向け単行本シリーズ、とある大御所の単行本デビュー作、とある大御所ホラー作家の初期ハードボイルド作品。
etcetc、何でもかんでも置いてありました。
いくらでも持って帰っていいと言われ、時々何冊か選んで持って帰った内田。
しかし、ある時私は全くメンテナンスされずボロボロになったその本の数々に見切りをつけてしまったのです。

至って真剣に、もとい深刻な表情でバケツを持って立たされる主人公。
空を仰いで陥った境遇に絶望する主人公がアオリで大きく描かれ、それをまた影から見守りつつ涙するヒロイン。
場所は校庭の大樹の下、クライマックスに相応しく。
屈辱を受けて涙するという表現は真面目に捉えるべきシーンだったのにも関わらず、笑わずにはいられなかったそれ。
姉とふたリ大喜びでツッコミ入れてましたっけ。
そのインパクトにあれだけ笑わせてもらったというのに何故捨ててしまったのか。
それどころか持って帰るべき本ならもっと沢山あったじゃないかと、先に立たない後悔を噛み締める内田。

その中で特に印象深い作家さんがいました。
失礼ながら好きな絵どころか私の悪夢の原点のような、なんとも忘れがたい作家さんです。
しかし現在検索を掛けてもほとんど出て来ません。
勘違いでなければ池上伸一さんという方で、ホラー漫画の作家さんの中では比較的「コワくない」絵柄の方でした。
ホラー漫画として狙っているのにドン引き要素が少なく、それでいて何やら忌まわしさだけは満点の絵柄。
その作品の中に「なんか怖い」印象だけはあるもののホラージャンルであると明確に規定されない物語があって、忘れられない理由の根源になっているのです。
その理由は後にうっすら理解できました。
なぜならその作品は私が幼い頃から繰り返し見てきた大好きな映画、「わんぱく戦争」をベースにしていたからです。
あまりにも映画の印象とかけ離れた絵で表現された子供の世界。
それは禍々しいイメージを放っていました。
しかし、子供の持つ世界のとてつもない真剣さ、敗北が意味する喪失の大きさは同様に感じ取ることが出来たのです。

再びあの感覚を体験したらがっかりして気が抜けてしまうのでしょうか。
あるいは同じ衝撃に出会えるのでしょうか。

追記: GTAさんよりお名前は池上伸一さんではなく池川伸一さんであるというご指摘を頂きました。
もう一つ覚えのある池川伸治さんの検索も合わせ私の探していた作品にはまだ辿り着けませんが、まずはもやもやが晴れてすっきり致しました。
ありがとうございました。