2008年8月18日

灼熱

このところずっと暑さで殺されそうになりながら過ごしていましたが、そろそろ酷いほどの暑さも収まってきたような空気。
…って今朝は思いましたが実際のところはどーなんだ。
外出すると車なら屋内駐車場が殺人的で、ちょっと尋常ならぬ気分に襲われるほど。
これで体調を崩されるかたがどれほどいるかと、そんなことばかり考えてしまいます。

先日は真っ昼間、13時を回る頃年寄りの犬の散歩をしているご婦人を目撃。
歩くのも辛そうな犬と、ちょっと小太りだが元気そーなオーナー女性の対比がまた痛々しく、暗い気分になりました。
アスファルトの上は焼けるほど熱く、照り返しの熱にも苛まれることでしょう。

毎日あの時間に散歩だったりしませんよーに。
あのコのために祈る気持ちであります。

2008年8月11日

足の裏に刺さる

今日は足の裏、母子球の辺りに傷が出来たかのような痛みがあって、おっかしいなと思いつつ過ごしていました。
ちょっとストレッチをしたりして踏みしめるとちくっと痛い。
足を裏返してちらっと見たところ傷らしきものは何も見あたらず。

何時間も経って、まだ痛むので確実に傷があるという確信が湧いてきた内田。
調べるためしっかり持ち上げてみるとなんとそこには1本の髪の毛が。

私の視力ではメガネをかけていても見逃すであろう1本、てか見逃していた1本。
髪の毛といえば、たっまーに指に刺さることがあって、すごいなあと感心することはありました。

しかし今回のはもっとスゴかった。
なぜならそれは、足の裏を縫うように刺さっておりましたのです。
一部埋まって反対側から出てきたと、こういうわけですね。

昼間髪をセルフカットしながら踏んでいたので、その因果だったようです。
抜いたら、ちと痛かったす。

2008年8月6日

冷え対策を脱ぐ

何度も書きましたが、私はよく足が痙ります。
真夏でも膝や足首が常に冷えているので余計にいけません。
エアコンをかけても設定温度は29〜30度、普通に考えてバチがあたるような温度ではありません。
脚も寒いのではなく暑いのです。
しかしただひたすら冷たく、剥き出していると足首が痛いほど冷たくなってきます。
その辛さに膝掛けなど掛けようものなら今度は暑くてまた地獄。

寝るとき何か掛けてもめくってしまうほど暑いのは同様。
熱帯夜が続く真夏は、どうしてもエアコンを使うことになります。
脚が剥き出しだと朝冷え切ってどうにもなりません。
たとえタイマーでエアコンが停止していても。
そこでやはり何かはいて寝るしかあるまいと、脚を覆うものをはいて寝ました。

すると…
わたくし朝、ソレ脱いじゃってましたorz
覚えてません。

どうするんだ自分、とヤケクソになり取り敢えず放置。
が、加圧ソックスを持っていることを思い出し、久方振りにはいてみました自分。
をを、よい。
私の脚ってむくんでいることが多いので、中で冷え切った水がたぷんたぷんと動いているのです。
いやほんとそんな感じ。
むくみが取れればそれもわずかなりと解消されるようで、とにかく当分ウチの中ではこれはいて暮らすことにしました。

2008年8月4日

それは違うと思う

先日見ていた海外ドラマCSIに大型インコが使われていました。
好きなシリーズではありますが、そのシナリオにはちと疑問が。

内容としてはインコが証拠のカギを握っているという話で、鳥のショップが出てきます。
店員が「こいつら人の言うことを真似するだけで意識はない」という内容のセリフ。
そこががっかりの発端。
インコに馴染みのない方はピンとこないかもしれませんが、実際はそんなに単純ではありません。
飼っている立場としては思うところがありまくりなわけですが、まあそこは置いといて。
シナリオライターの全てが広範な知識を持っているわけでなし、こういうこともあるだろうなとは思います。
しかし犯人がそのインコを無理矢理ケージに入れたとなると、どうなんだよと。
見知らぬ人にそんな真似されたら流血、よくても傷だらけにはなるはずなんだが、とか、噛まれた傷だけでなくアザにもなっちゃうよとか。
ましてコンゴウ種の中でも一番大きな鳥だったので、下手をすると指が落ちるくらいのことは有り得るクチバシなんですがとか。
専門家に聞けばもう少し判る、しかもドラマ展開の根幹をなす証拠に直結する問題。
それは重大な証拠となって身体に残るはずのものなので気になるったらありゃしません。

しかし出来たはずの傷が消えるほど時間的に間が空いていたのかという疑問については、話を真面目に聞いていなかったのでツッコミきれません。
残念至極でございます。
犯人はインコ慣れしていたとか、そんな設定を聞き逃したとかだったらすまんです。
インコ慣れしてても噛まれるときゃ噛まれますけども。

2008年7月29日

おねえさん、おこる

先日外出した折、とあるショッピングビルでうろついていました。
閉店時間が迫ってはいましたが、まだ15分位は残っているから問題あるまいと品定めしていたのです。
で、私はイヤホンをしていましたので空気が読めなかったらしいです。
あと10分だというところで品物を決めて、レジに持って行ったらそこのお姉さん、ものすごく怒った顔をしております。
見渡せば確かに周りにお客さんはもう居ません。
眉をつり上げるのではなく、ムカつきすぎて下がってました。
いやでもまだ時間あるのになぜー。
きっとそのお姉さん、売り場から客が居なくなったらとっとと帰ろうと思っていたのに、いつまでもレジが閉められなくてイライラしていたのでしょう。
気持ちはよく理解できます。
お姉さんの時間を奪った私も間が悪いのは認めましょう。
でも顔に出されてしまうとこちらとしてもどうしてよいいやら。
一応閉店時間は決まっているわけだし、客に気を使って早く切り上げろってのはあんまりなんじゃ?
お願いだからほかのお客さんには優しくしてねなのです。

2008年7月24日

そこで眠りたい

近頃眠くなると気絶寸前という感じになって耐えられなくなります。
しかし仮眠を取ろうとしてソファとかに横になると、どう頑張っても眠れなくなります。
眠くて仕方ないので一刻も早く眠りに落ちたいのに不可。
目が冴えるのではなく、ひたすら眠いし眠りたいのに何故。
半端すぎる。
どこででも眠れるタイプだったのに、場所を身体が選びます。
そういや最近じゃ固い床では眠れなくなりました。
痛くて。

2008年7月21日

失敗

買い物に行って包丁立てとまな板立てが一緒になったものを見かけました。
別々のものは持っています。
が、ああそういえばウチのは使い勝手がイマイチだったっけ、と思ってしまったのが運の尽き。
高い。
高いけど眼をつぶって購入。
包丁の長さも一応売り場の包丁と比較してみて大丈夫だろうとの確信を得たのです。

帰って早速包丁を収めてみました。
すると見事。
調理台まで突き抜けて刺さりやがったのです。
実寸で3mm、多めにとって5mm足りません。
持ち上げればいいという話ではありますが、敗北感いっぱい。

その上もう2つほど買い物に失敗。
ちょっと語れないほどあほらしい失敗。
先日も失敗こいてます(マウス以外)
ひとつひとつは高価なものではありませんが、あまりのことにちょっと立ち直れない気分。
言い訳するけど私のせいではありません、大体においては。
でもちょっとバカかもしんない。

2008年7月15日

蛙を轢きそうになる

先日車で買い物に出掛けた帰り。
自宅近くの角を曲がろうとして、相方が突然ブレーキを掛けました。
道のど真ん中に蛙が座り込んでいる、このまま走ったら轢いちゃうと。
その蛙はじっとしていて動こうとしないので、このあとまた別の車に轢かれてしまうかもしれません。
そこで降りて追い立てることに。
暗い中ペンライトを当てて写真も撮りましたが失敗してボケボケ。
まあとにかく我々は急いでいたので、端っこに移動したのを確認してすぐ立ち去りました。
どーか轢かれてませんよ〜に。

2008年7月14日

アップデート

一昨日、外出前にふとiPod Touchのソフトウェアアップデートのことを思い出しました。
前日はアップデータが出たばかりでアクセスも出来ない状態だったので、ああ今だ、と思っちゃったわけです。
でも遅い時間に出掛ける寸前だった身としては今だ、と思ったこと自体どう考えてもアホでした。
中身を復元するのにどれだけ掛かるか計算に入れていなかった辺りがアホの核心です。
で、実行してからしばらく画面を見つめていて絶望的な気持ちに。
途中でヤメだヤメ方針に変更したため、音楽データゼロの状態で持ち出すハメになったです。
やっぱり迂闊です。

2008年7月11日

誰かとすれ違うこと

最近とても残念だと思う出来事がありました。
人は理解し合うための努力なしに絆を維持することはできません。
おそらくは互いに必要とする関係というのはウェットでもドライでも溢れるほどあって、成立を待っているものだと思うのです。
1対1とは限らず、バランスがそれを決めていきます。
あらゆるファクターを乗り越えて成立しても、一番伝えるべき事を伝えきれないためにそれは壊れて行くのです。

疑いがあるとき、拒絶が起こります。
揺るぎない信頼関係にあると思えるうちの鳥にすら、その葛藤があります。
鳥たちにはそういう苦悩を持たせたままにはして置けませんから、安心させるために何でもしてやります。
人間同士では、壁がそれを遮ります。
前提になるものは善意でなければならないのに、その場に合っているカードは別のもの。
正義だったり甘えだったり、厳しさだったり、必要とされるカードは刻一刻と変化します。
解っていながらすれ違って行くことは止められません。
止める行為が摩擦を生むと解っている場合には。

それは私自身に脅威や特別な変化をもたらす出来事ではありません。
しかし、将来に渡って持続できると思っていただけに、そして誰にも悪意がなかっただけに大変残念だったのです。
どんなにそう信じたところで、人は環境と共に変化して行くものだということはとっくに知ってはいるのだけど。